簡易「歴史表」

簡易「歴史表」
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■BC4~5世紀
:インドの古典医学テキストに糖尿病について、二つのタイプがあると述べられている 

■紀元前3000年
:中国で糖尿病と思われる疾患の記載 

■紀元前700~200年頃
:インドの治療法としてある種の植物(guanidineを多く含む)やミネラルが投与・・・後のビグアナイド薬 

■BC552
:エジプトのパピルスに糖尿病の記載 

■BC300
:カッパドキアからdiabetesの言葉ができあがった

■1027年 わが国の歴史上の糖尿病患者として「藤原道真(966-1027 享年61歳)」が上げられている。
(・・・家系に4人の糖尿病患者がいて、進行状況や死亡に至るまでの様子も詳細に読みとれる「兼子論文」)
・・・比類のない権力者であるからこそ悪化した糖尿病であり、当時は短命社会であり、62歳という長寿を保った上での「贅を尽くした」糖尿病悪化でもある。
 又、皇室では「明治天皇」が、明治45年(1912年)7月30日、持病の糖尿病が悪化し、尿毒症を併発し61歳(満59歳)で崩御したとされる。

■1806年
 ドイツの有名な内科医ナウニンが書いた本より
・・・私の経験した重症の糖尿病者64人をまとめると、

 16人は1年以内に死(今で言う劇症1型糖尿病「1B型」)に、
 1~2年の間に22人( 今で言う抗体を介する急性1型糖尿病「1A型」)
 2~3年の間に21人( 抗体を介するLADA「1.5型」及び その他の糖尿病の一部)
 3~4年の間に4人が死に(同)
 そして一人が8年目に死んだ( 重症2型糖尿病の一部)
重症糖尿病者が2,3年以上生きながらえるのはごく稀である。

■1912年7月30日
(再掲)皇室では「明治天皇」が、明治45年(1912年)7月30日、持病の糖尿病が悪化し、尿毒症を併発し61歳(満59歳)で崩御した。

■1921年8月3日
 バンティングとベストによって「インスリン」発見
 
 膵臓抽出物の投与が膵摘糖尿病犬の血糖値を低下させた(Banting,Best,Macleod,トロント)
(・・・1923年:ノーベル医学・生理学賞受賞)
・・・ ●バンティングの幼なじみの女の子(ジェーン)が糖尿病に罹り、治療法のない時代ケトアシドーシス昏睡で数ヶ月の内に死んだとき、バンティングは何週間も悲観にくれた。
牧師になるという使命を忘れ、医者になろうと望んだのもこの事件が契機と思われる。

■1922
 インスリンが初めてヒトの治療に用いられた(Leonard Tohompson,トロント)

・・・トンプソン少年14歳、入院前2年半は多尿あり、体重29kg、血糖値:350~560mg/dl、450kcalの食事療法
(野菜を主とし、少量の肉と果物)。
 1月11日ヒトに対する初めてのインスリン(Macleod serum)は1回で中止。
 同1月23日2回目のインスリン(Collip's serum)。
 以降10日間の使用で打ち切り。
 インスリン無しの闘病で10月22日ケトアシドーシスにて再入院。
 リリー社のインスリン製剤(Iletin)が威力を発揮。
 その後インスリン使用量は次第に増加。

 1935年4月20日コントロール不良を極めて死亡。
 享年27歳「気管支肺炎、ケトアシドーシス、腎のArmanni-Ebstein病変、膵島も極めて小さかった」

・・・【注】典型的なLADAと思われる。

■1923
 「等電点法」により動物(ウシ)の膵臓から市場に提供するのに十分な大量の高力価のインスリンを作り出すことに成功した(Lily社)

■1923年
 インスリンの発見でノーベル医学・生理学賞受賞
(フレデリック・バンティング、ジェームス・マクラウド)

■1925
 インスリンの単位が初めて決定された(1単位=標準物質0.125mg)、U40/U80という標準濃度が臨床に用いられるようになった

■1926
 無晶型結晶インスリンの作成がインスリンの安定化に寄与した(Abel)

■1936
 インシュリンの発見でノーベル賞を取った後、フレデリック・バンティングはまだ無名の若い研究者だったハンス・セリエ(1907年~1982年)に、快く研究費を提供した。
セリエはこの恩を生涯忘れることはなかった。
 実験を続けたセリエは、ネズミがホルマリンなどの化学毒、騒音、寒冷、放射線、黴菌、栄養障害、ドラムの回転などによる強制労作、恐怖などあらゆる刺激に対して適応するが、その際に胃の潰瘍、胸腺・脾臓・リンパ節の萎縮、副腎肥大という3つの症状が常に発現し、しかもそれは物理的刺激であろうと精神的刺激であろうと同様であることを観察した。
そこで彼は1936年に論文「種々の有害作用から生ずる一症候群」を発表する。
それは、動物が外界から有害作用(ストレッサー)を受けると、脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の放出が増し、副腎皮質ホルモン(コルチゾン=コルチゾール)が増加し、副腎髄質ホルモン(アドレナリン)が血中で増加する。
 これこそがストレスの正体(発見)である。
 このとき闘争あるいは逃走の態勢を取るため筋肉が緊張し、血圧が上昇し、脈拍が上がり、血液中の糖分が増加する(ストレス状態起床時ドーンフェノメノン「暁現象」の一つ)。
これは運動すると元に戻るが、現代人は闘争が禁じられているため、この状態を解消できず、心臓血管系に負担を与え、心筋梗塞、高血圧などの原因となることを述べ、精神衛生が肉体的健康に影響を与えることを科学的に明らかにした。
 なおストレスとはもともと機械工学からの借語で、外からの力によってできたひずみのことを指し、一般にストレスと呼ばれているものはストレッサーのことである。
 なお当時はストレス症候群をセリエ症候群と呼んでいた。


■1936
 プロタミンインスリンに亜鉛を加えた(PZI)がホルモンとしての作用時間を延長させた(Scott,Fisher,Hagedorn)

■1939
 グロビンインスリン作成でPZIより短い作用時間を得ることができた

■1950
 NPH(Neutral Protamine Hagedorn)インスリンがプロタミンの量を調節することによって作成された(Nordisk 社)

■1950年代
 わが国では、発症したと同時に生命を保つ為に入院生活の中でのみ1型糖尿病患児にインスリン治療が行われた。
 必要な手段無く退院すれば
「必ず死に至った」。
むしろそれが多かった。


それら行政医療のわが国の
歴史上の最大の『汚点』として存在しているため
インスリン自己注射の患者教育は 内々で未公認のまま施行 された。

大きな要因として、
多くの患者を死に至らしめて来ている
医療界の犯罪隠し
と、
インスリンに代わる経口血糖降下薬があるのに「なぜインスリンが必要か」と日本医事新報に回答してきた
厚生省役人等の存在
である。


インスリンのみが「生命維持」の手段である IDDM および 1型糖尿病患者 等は、見殺しにされ、医療・厚生行政にとっては「死人にくちなし」のまま放置し続ける。


 ◇政府与党や野党、厚生労働省は、2010年の今は、改善可能な相対的原因を持ってインスリン依存状態の2型糖尿病となる患児を持った親を黙らす為に小児慢性特定疾患だけを作り、発症原因がほとんど持たず、ウィルスなどで【絶対的欠乏】に自己分泌能が廃絶値未満で枯渇で死に至る本当の1型糖尿病患者の救命・救済も行わず、今度は「インスリンがあるのにナゼ『特定疾患(難病指定)』を求めるのか」と言う姿勢なのでしょうか・・・

■1951
 亜鉛インスリンに酢酸緩衝溶液を用いることによってレンテインスリンが開発された(Novo 社,Hallas-Moller)

■1953
 インスリンの全構造が決定された(Sanger とその共同開発者)

■1950年代
 インスリンショック療法に死亡例が多く、世界的に廃れた。

■1957年
 厚生省 精神障がい者(主に統合失調症)患者へ「インスリンショック療法」を保険適応

■1957年12月
 日本糖尿病学会発足(文部省管轄)

■1958年
 日本糖尿病学会は、1958年にその代表団が国際糖尿病連盟(IDF)に加盟を申し込んだ際、「患者の会(患者が主体の組織)をつくって出なおしてこい」と一蹴され、
1959年に各地に医者が管理する患者会を無理矢理誕生させ
1961年にはIDFに指摘されたにも関わらず医者が中心となった純粋な「患者の会」ではない医者(学会)が操る日本糖尿病協会の設立へ

■1960
 インスリンのラジオイノムアッセイ測定法が開発された(Berson と Yalow)

■1961年
 レイマン組織ではない「医者が管理」する日糖協設立の活動始まる(厚生省管轄)今に至る・・・
 ◆Diabetes Journal Vol.4, No.2, pp.40-48, 1976より抜粋
 ・小林芳人(東京大学名誉教授・初代糖尿病学会会長):協会の中に学会が入り込むというのはどういうことですか.
 ・葛谷信貞(虎の門病院・朝日生命成人病研究所・第8代糖尿病学会会長):協会を患者さんだけが組織すると,ごく端的にいいますと,政治団体になってしまうという可能性がありますね.
 ・小林芳人:そうすると選挙運動に利用されますね.
 ・葛谷信貞:それを一番心配したのです.それから,糖尿病患者用食品というのがいくらでもありますから,そういうものの販売組織になるなど,心配しなければならないことがあったのですよ.
 (同席者:小坂樹徳・東京大学医学部第3内科・第20代糖尿病学会会長、竹内節弥・日本医科大学薬理学、葛谷健「司会」・自治医科大学内分泌代謝科・第27代糖尿病学会会長)
 (※学会や大学の研究施設は、医師会やメディア、自由民主党などを利用し、医薬産業界等から依頼された医薬品に対して、不適切なメーカーに都合の良い臨床実験結果をでっち上げ、自分達だけの利権のために政治力を使い、患者当事者の壮絶な「闘病死」や、相対的な課題を抱え持った患児の親の医療にすがる事(パラサイト)を良いことに、それら「叫び声」は医師の監視下に置き、政治家や行政に届かないような仕組み(医者が訴えられない様な患者会)を作為的に作りあげ、医師による医療の犯罪を日常的に謳歌する仕組みにしています。根幹が患者組織であるべき日糖協のトップが医師である限り医療犯罪は永久に続きます。)
※太字の氏名は、1971記の「脅しをかけてきた糖尿病学会のお偉方」と思われる一部です。・・・特に東京大学医学部出身の糖尿病専門医にご注意!!

■1965年5月31日
 インシュリン物語(二宮陸雄訳)初版発行・・・岩波書店(インスリン発見から 44年経過)

■1967 プロインスリンの発見(Steiner)
  最初の膵臓移植手術が行われた(Kelly,Lillehei とその共同研究者)

■1970
 インスリン自己注射の法的問題を解決し健保適用を実現させるための運動を、熊本で開かれた第10回日糖協総会で正式に採択

■1971(S.46)
 平田幸正氏ら、全国一斉に署名運動を展開,114,318名の署名を集めて,
 時の厚生大臣斎藤昇氏や衆参両院議長に陳情したのを手始めに
 関係要路並びに
 衆参両院議員全員に陳情書を提出
 (さらに毎年陳情を繰り返してきたが,なかなか実現せず,55年春から集中的な運動を展開する方針を決定,まずは4月と10月の2回にわたって陳情する一方,東京都昭糖会の働きかけで,小平市をはじめ都下の市議会がインスリン自己注射の健保適用に関する意見書を採択,厚生大臣宛に提出した。)

■1971
 インスリン受容体の存在が明らかにされた(Roth,Cuatrecasus と共同研究者)

■1971年春
 ワールドヘルス(人類の健康)-糖尿病特集号-
 WHOが編集し、スイスで印刷されている”WORLD HEALTH” ’71年2月、3月合併号を日本語に翻訳されたものです。

■1971年
 第5回「糖尿病学の進歩」:重症低血糖事故相次ぐ:1974年・経口血糖降下剤による低血糖死(49人)・不可逆的脳変化(41人の廃人化や後遺症)が判明
・・・内服剤による罪の中で「最も重大」なもの(平田幸正アンケート)
 平田幸正教授は厚生省に日参するほどの熱心な運動を展開,サマーキャンプの指導医からなる日本糖尿病研究会も陳情する等広範囲な運動を繰り拡げた。
 検診で尿糖強陽性イコール糖尿病として腎性糖尿患者にまでクスリを処方し、うちの薬は安全だと12年間大ウソをついて売りまくって多くの死者を出した大メーカーがあったことや、当時の「毎日ライフ(現在・休刊)」に連載中には糖尿病学会のお偉方から脅しを受けていた事もある(二宮陸雄)

■1972
 U-100インスリンがインスリン投与量の正確さを期すために導入された

■1972年
インスリン自己注射の健保適用の請願書(署名数114,318名)・・・
難病指定より
小児のみに慢性疾患指定するほうが
賛同を得られやすい

との妥協案が
山口敏夫次官との会談で密談
されました。


■1973年 
 三村悟郎先生等、厚生省への陳情(山口敏夫政務次官)・・・6月NHKで「隠れた難病~小児糖尿病~」放映されましたが、
実は、
NHKの古賀プロデューサーが筋書きを構築し、「作為を持った」
やらせ
そのものでした。

■1973
 アシドーシスの治療として少量の静脈内インスリン投与法が大量の皮下注射に代わって行われるようになった(Alberti とその研究者)

■1973年
 昭和48年(1973)厚生省の山口敏夫政務次官は、「難病指定はその方向で検討し,インスリンの自己注射と家庭注射については,生命を守ることが優先であり,違法ではない」という見解を示す(インスリン発見から52年経過)

※2016年現在難病認定(指定)になっていません!自由民主党の国会議員・厚生労働省のウソがまかり通っています。

■1974年6月24日
 朝日新聞本社版朝刊 総合面トップ記事 血糖降下剤で事故多発 死者50人・後遺症100人

■1974年
 小児慢性特定疾患治療事業創設(予算補助事業)・・・10月(インスリン発見から53年経過)

■1976
 C-ペプチドが臨床上の指標として用いられるようになった(Rubenstein ら)

■1977
 インスリン遺伝子がクローニングされた(Ullrich,Rutter,Goodman ほか)

■1978
 高度純化された豚インスリンが臨床に導入された(Lilly 社)
 オープンループインスリン持続投与法が臨床に導入された(Picup とその共同研究者)

■1980年
 遺伝性疾患のミトコンドリア遺伝子の発見:発見から30年でミトコンドリア関連の研究で5博士にノーベル賞(Warburg、Krebs、Theorell、deduve、Mitchell各氏)。
1996年にはアポトーシスシグナルが発表されている。

■1981年
 インスリン受容体がキナーゼ活性を持つことが記載された(Kahn とその共同研究者)
 ◆インスリン自己注射健保適用 医療は医師の為だけのものではなく、患者と共にあるべきとの機運で、日本内分泌学会の厚生省への要請でインスリンの自己注射健保適用(インスリン発見から 60年経過)
 ・・・糖尿病学会・医師会等々は「サイレント」のまま何もせず・・・

 ・在宅療養指導管理料は、 当該指導管理が必要かつ適切であると医師が判断した患者について、患者又は患者の看護に当たる者に対して、当該医師が療養上必要な事項について適正な注意及び指導を行った上で、当該患者の医学管理を十分に行い、かつ、各在宅療養の方法、注意点、緊急時の措置に関する指導等を行い、併せて必要かつ十分な量の衛生材料又は保険医療材料を支給した場合に算定する。

 ◆1980年代の初め 1980年代の初めに若年性の糖尿病について大きな理解の前進があった。
多くの若年性の糖尿病は体内のベータ細胞を攻撃する抗体を持った病気であることが明らかになった。
ベータ細胞を攻撃する抗体の存在が生活習慣病とされる糖尿病と区別される点であり、初めて糖尿病発症のメカニズムの違いが明らかになった。
・・・その多くは不適切なインスリン注射を用いたコントロールの1.5型糖尿病(LADA=インスリン依存状態2型糖尿病)であり、その多くは後戻り出来ない合併症を抱える。
・・・が、その内の一部(約10~20%)のみが1A型とされる「急性1型糖尿病」で、前向きなコントロールでも自己免疫性症候群として自己分泌能が薬害又は医原性で「廃絶の証明値 0.1ng/ml未満」に至る。

■1982
 リコンビナントヒトインスリンが臨床に使われるようになった(Lily 社)

■1982 『世界医薬産業の犯罪』: 「イギリス医学ジャーナル」に載ったリポート

 1983年6月13日 「糖尿病倍増」
  子供の糖尿病患者の数が10年ごとに倍増している。
・・・たまたま膵臓で作られるインスリンが実際にであれ見かけ上であれ、不足しているということが判明すると、現代医学はお節介にもただちにインスリンを投与する。
・・・そして、まだ十分に働き出していなかった膵臓の仕事を最初から取り上げてしまう。
・・・その結果、本来ならば徐々に その自然の機能 を活性化させてゆくはずだった膵臓は、のんびりと休むことを覚える。
・・・体に必要なインスリン供給という 大仕事は、別の人 が肩がわりしてくれるのである。
・・・糖尿病は 薬過剰時代 の ひとつのあだ花 である。
・・・けれども この花は、医者にはバラ色の一生を保障 する かぐわしい花 なのである。
・・・医者が生きている限り、あるいは患者が生きている限り咲き続ける。

 『世界医薬産業の犯罪』(三交社 刊) ハンス・リューシュ著 より

■1986年
 ◆血糖自己測定健保適用
 「保険診療負担以外に患者に自己負担させる行為の禁止」の法制化(インスリン発見から65年経過)
 C150 血糖自己測定器加算 
 1:月20回以上測定する場合:400点、
 2:月40回以上測定する場合:580点、
 3:月60回以上測定する場合:860点、(注:2型糖尿病に適用)  
 4:月80回以上測定する場合:1,140点(注:「4」からは 1型糖尿病に限る とされる。) 平成20年度改訂資料ヨリ、
 5:月100回以上測定する場合:1,320点、
 6:月120回以上測定する場合:1,500点
 ※「上記のように、最低限の支給枚数として設定」されていますが、上限が設定されているモノではありません!

■1989
 最初の膵島移植が行われた(Lacy と共同研究者)

■1989
 『医療の犯罪  1000人の医師の証言』
: 科学的/近代的な医療が、実は病気を作り出している犯罪的現実を1930年代から現在まで、 マスコミが絶対取りあげない近代医療のタブー。
 大反響を呼んだ『世界医薬産業の犯罪』に続く第2段!
 科学的装いをこらした近代医療こそが、実は病気を作り出している。
―現場の良心的医師1000人の数々の証言で綴る真に“勇気ある書”
 『医療の犯罪  1000人の医師の証言』(三交社 刊) ハンス・リューシュ著 より

■1988
「インシュリンの発見」は、
後に
“Glory Enough for All”
のタイトルで1988年に映画化。
(カナダ・トロント)


■1989
 厚生省 インスリンショック療法を保険から削除(保険適応から33年経過)
■1990年代(初め)
 ペン型インスリン注射器が広く用いられるようになった

■1991年
 ◆・・・可能性のひとつとして、劇症(1B型)1型糖尿病は
数段階(複数)の特定のウィルス感染を必要とする。

 発症早期の段階の最初の感染で弱い持続感染が起こり、
次いで、
類似ウィルスの感染によって自己免疫異常が惹起され、
維持し、
そのウィルス感染による『最後の”一撃”』によって、
短期間で、
膵β細胞が枯渇に至るまで破壊される

と考えられている。

  ジョスリン糖尿病学第2版 p.456(参照)

 ◇EBウイルスはガンマヘルペスウイルス亜科に分類され、2本鎖DNAを持つ(ウイルス粒子内では直鎖状)。
他のヘルペスウイルスと違い、 Bリンパ球(膵β細胞・膵B細胞)に感染して不死化するという特徴をもっている。
(トランスフォーメーション)
  ・・・本間注:EBウィルスは、膵β細胞が枯渇に至る 「最後の”一撃”」まで活性化し続けるウィルスです。

■1990年代前半
 IDDMとは言えない病型の、相対的な問題があっても「抗体」を介し、何らかの機能的障害があれば自己免疫性症候群の糖尿病疾患としたクライテリア(診断基準)に大変更 インスリン欠乏の程度がそれほどでもなく、
高血糖をコントロールするためにはインスリン治療が必要であっても、ケトーシスを防ぐのには必要では無いという患者はIDDM(1型糖尿病)と呼ぶべきではない。
(ジョスリン糖尿病学)
 クライテリアの変更で、短期間でも自己分泌インスリン能(CPR値)が廃絶に至らない生活習慣に関わらない2型糖尿病やその他の糖尿病の「LADA(1.5型糖尿病)」患者が「GAD抗体」等を持ったODM等の場合、暫定的にIDDMや1型糖尿病のカテゴリーに入れ、SPIDDM、緩除進行型IDDM、暫定1型、SP1型等と称し、不適切な臨床研究でインスリンを多用し薬物依存(薬物中毒)状態の患者を大量生産化する道を作る。
 遺伝(MODY、MIDD etc.)や妊娠(GDM)・甲状腺等や、生活習慣病、IGT等々、様々な相対的課題を改善させることによっては薬物から離脱出来るタイプの偽IDDM?や、相対的様々なタイプの偽1型糖尿病?を誕生させ、医師による適切な生活習慣改善指導や、根幹の主病等を改善・是正・治療させることなく、藁をもすがる親や前向きな闘病が出来ない患者当事者の内部差別をも利用し、その後の度重なる辻褄合わせの血糖測定の目安量を診療報酬ルールに設け、全国的に「国への診療報酬請求は満額請求、患者への医療材料の支給は故意に制限」した医療詐欺や無責任な治療指導を行い、医原性インスリン依存状態1型糖尿病(1A型)患者や薬害性糖尿病患者を大量に産み、クスリによって悲惨な合併症で苦しめ、クスリによって死に至らしめる結果を招く。

 ◆本当に糖尿病は2つのタイプしか存在しないのだろうか。
そして、あなたの診断や理解は正しかったのだろうか。
病状の進行とともに、最初の診断が間違っていたことがわかることもあるのだ。
糖尿病で間違ったタイプと診断されたり、あいまいに診断されたりすると健康(合併症や生死)の問題となりえる。
糖尿病の原因、および年齢による病状の進行についての誤解がもとで、間違った治療(不適切な薬漬け医療等々)を施されることもありえる。
したがって糖尿病のタイプについての正しい理解が必要不可欠なのだ。
(DIABETES NET WORK - Types of Diabetes)

■1994年11月
 IDF神戸会議出席後、台湾のB.J.リン博士から YDF (YOUNG DIABETES FOUNDATION 1993)の記念バッチをいただく。
(インスリン発見から73年経過)

■1994年
 現・全国インターネット患者会 iddm .21 の前身、IDDM「フェニックス通信」発刊スタート (医師による不正がはびこっていたため)。

 ●ミニメド社による「The Insulin Pump Therapy Book-Insights from the experts」にてCSII専門医の治療プログラムが公開(インスリン発見から73年経過)

 ・数年間にかけて直接不正を伝えた北海道保険福祉部 保険給付指導官:傳里勝生、井上正俊、高松勉・・・全国的に行われている不正については「第二のHIV事件のようだ」と言われたが、小野百合Dr.への単独指導のみでほとんど何もせず!

■1996
 超速効型インスリンアナログが導入された-インスリンリスプロ(Humalog)

■1998年
 糖尿病学会は、インスリン依存状態に至る相対的疾患や遺伝・課題等々を抱える患者を暫定的に1型糖尿病の定義に押し込む。
 低抗体価症例の膵組織を調べると、膵島周囲にリンパ球が存在しperi‐insulitisと呼べる像がみられることから、「こういった症例はインスリン依存へ進行することは少ないが、病因論的には自己免疫疾患が関与している可能があり、暫定的に1型糖尿病とすべきではないか」ともした。
 ただ、ケトーシスを伴って発症し、発症時はインスリンを必要とし、GAD抗体も陽性でありながら、経過とともにGAD抗体が陰性化し、同時に内因性インスリン分泌も改善し、最終的にNIDDMの臨床像を示す。これらは誤診を絵に描いた医原性であるが、患者へはインスリン依存状態の医者にとって「万馬券」のままに、臨床研究として悲惨な合併症や事故死へと結びつける事を未必に黙認「殺人病」。

■1998年04月05日
 牧田 善二Dr.の(社)糖尿病協会雑誌「さかえ」不正発言(CSIIは保険外であり、個人負担です)に関して、厚生省、日糖協、北大医学部付属病院に対して「内容証明郵便(公開質問状)」を送付
・・・と言うことで、厚生省もご存じです(インスリン発見から77年経過)

■1998年05月25日
 「毎日新聞」(全国版) 「社会 事件 ひと 話題」欄(14版)「難病患者はいま・・・」 インスリン依存型糖尿病---“命綱”の器具病院支給のはずが購入 「治療費一部返還を」 広がる運動 として記事となる (インスリン発見から77年経過)

■1998年10月30日
 私が求めていた医療費返還の請求は横井内科クリニック(横井敏夫Dr.)、斗南病院(小野百合Dr.)、札幌社会保険総合病院(小野百合Dr.)合わせて 総額¥1,402,000円を、1998年(平成10年)10月30日までに該当病院から満額を振り込まれる。
・・・裁判に持っていけば、生命に関わる医療詐欺被害額の50倍相当+弁護士費用等々が一般判例ですので、約7千~8千万円相当の損害賠償となり得ます。(インスリン発見から77年経過)

■1999年04月13日
 関係医療機関、厚生省に第2弾「緊急要請書(公開質問状)」を送付(インスリン発見から78年経過)

■2000
 エドモントンプロトコールが膵島移植の予後を改善した。
 クリントン大統領の指揮のもと「免疫寛容ネットワーク」と呼ばれる免疫に関する新しい治療法を開発し、その標準化を目指す多施設プロジェクト(世界9施設)におよそ150億円が交付
・・・多施設共同研究の結果は、2006年に発表された。
その結論は、膵島移植や免疫抑制剤に対し、経験豊富な施設はエドモントンプロトコールを再現できるが、経験が浅い施設は再現できないということであった。

■2001
 長時間作用型インスリンアナログが治療に導入された-インスリングラルギン(Lantus,Aventis 社)

■2001年4月15日
 別冊プラクティス SMBG血糖自己測定 -いっそうの普及と活用に向けて-
  編集/(社)日本糖尿病協会/医歯薬出版(株)
  Ⅱ.SMBG:Topics
  6-Web上にみるSMBG情報(菅原正弘:東京都練馬区・菅原病院)
  SMBGに関するおすすめサイト に 私のHPが 紹介されました。
(作者や編集からは何の連絡もありません)(インスリン発見から80年経過)

■2001年06月13日
 参議院議員会館会議室において(第一回請願)
 コーディネーター:公明党・参議院議員・医学博士:渡辺孝男(わたなべたかお)議員(インスリン発見から80年経過)

■2001年08月01日
 慶應義塾大学病院:島田 朗Dr.の「糖尿病だってなんでもできる」講演会:司会進行役発言「保険で限度が決められている」に関する「緊急公開質問状」 は、2001年8月1日付けで内容証明郵便を送付。 ×島田 朗Dr.は、期限内に回答せず(インスリン発見から80年経過)

■2001年08月02日
 久留米大学 医学部内分泌代謝内科教授:牧田 善二Dr.の雑誌「さかえ」発言「に関する「CSIIは保険外であり、個人負担です」に関する2度目の公開質問状」 は、2001年8月2日付けで内容証明郵便を送付。
×牧田 善二Dr.は、期限内に回答せず(インスリン発見から80年経過)

■2001年10月01日
 理事4人で警察庁交通局運転免許課と交渉
・・・間違った指導や医療制限等の医原性が主原因であり、医師(糖尿病学会)や厚生官僚(厚労省)の不正・不行跡犯罪を問題にせず、正しい診断や正しい闘病環境を指導もされず、治療手段を制限をされたそれぞれのインスリン依存障害を持った患者への一方的な「欠格条項」について削除と撤回を求める(インスリン発見から80年経過) 警察庁交通局運転免許課:理事官・中村格、課長補佐・後藤輝久、警部・稲盛久人

■2002年01月08日
 「障害者欠格条項をなくす会」と共に警察庁に質問状を提出+国会請願(前日の7日に臨時理事会)
 コーディネーター:民主党・衆議院議員:石毛えい子(いしげえいこ)議員 (関連ML発言)
・・・記者会見終了後、民主党衆議院議員の石毛えい子議員の部屋に呼ばれ、今回のなくす会会長や議長・書記局長及び議員秘書等がIDDMの問題について夜遅くまで話を聞いてくれました。
・・・(略)・・・その中で、議員が「これは医師や厚生労働省の不行跡な第2のHIV事件の様相ですね。」と言いましたので、私も「北海道保険医療給付指導官にもそのように言われました。」と話し、
・・・(略)・・・また、この問題について国会に問題を提出して、私を国会に招致して話をして欲しい旨も言われましたので、喜んで受けるご返事もしました。{iddm-com 5005}より(インスリン発見から81年経過)

■2002年8月1日
 国会へ請願書及び厚生労働省に対する緊急を要する要望書を提出
  ・場所:厚生労働省本省1F共用第2会議室  ・コーディネーター議員:木庭健太郎議員(公明党参議院比例区)
・・・なお、議員本人も、秘書の方も、誰お一人同席してくれず、議員にお願いした水俣の東園氏とホテルで、泣き明かしました。
その後も水俣にある病院から、再度のルール無視の不正医療を受け東園氏は死亡(2004/11/01 他界)。(インスリン発見から81年経過)

■2002年10月19日
 DPI国際会議札幌大会組織委員会公認の分科会
  第1回 IDDM患者会フォーラム として 
日本語字幕版「インスリンの発見」放映会
“Glory Enough for All”
を開催(インスリン発見から81年経過)
◎バンティング&ベスト医学研究所、厚生労働省認可(民主党:谷博之議員の働き)

■2003年05月21日
 ◆北海道新聞・朝刊第1社会面トップ記事として「CSII等の不正」について告発しニュース掲載
  追随して 毎日新聞・読売新聞・日本経済新聞(共同通信社配信)も掲載  この不正について北海道テレビ(HTB)ニュースに出演(インスリン発見から82年経過)

■2003年8月28日
 筑波大学付属病院の不正に対する確認と質問を筑波大病院医事課長 三井 大造氏(現・九州大学病院 事務部長)にメール。
 三井氏は院内の複数の医師に検討させたが保険診療のルールでは制限はない事になっている血糖測定用チップ(試験紙)の件について、筑波大学付属病院は 1月に 最大5箱(25枚入り×5箱=125枚)までしか出せないとの回答を訂正を必要とすることはない とし、確認にも質問にも回答しない と回答。
 これは、筑波大学付属病院が県の中心となって「不正な診療行為は行い続ける」と解釈できるため、当患者会HPにそのいきさつや内容を公開(インスリン発見から82年経過)

■2004年4月7日
 ◆本邦発の膵島移植を実施(京都大学移植外科・松本慎一Dr.と共同研究者)
 ここでは、山田祐一郎栄養内科学のDr.が膵・膵島移植研究会で定められた 0.1ng/ml未満の1型糖尿病患者とした「適用基準」1)内因性インスリンが著しく低下し、インスリン治療を必要とする・・・というクライテリアから逸脱した、それとはかけ離れた独自のクライテリアで、内因性インスリン量である高感度CPR値を(負荷前:<0.3ng/ml、負荷後:<0.5ng/ml・・・温存)の、たまたまコントロール入院していた患者であった。
・・・【注】LADAと思われる(1型糖尿病をターゲットに行った大規模研究 DCCT の1型糖尿病患者のCPR値は0.06ng/ml未満・・・未満はその数値を含まない)

■2004年05月12日~
 (25回連載)本間が「CSII等の不正」等について告発したことに関して、詳細に事実関係を調査し社会面トップ記事にしてくれた北海道新聞社記者:橋間素基氏について北海道新聞紙上で連載記事(25回連載)がスタート(第2社会面)
 「冷たい世界」を追って 橋間素基記者の死  -同僚は25歳で命を絶った。16冊のノートを残して- (2003年6月2日午前5時頃・死亡推定時刻)

■2004年08月28日~
 強化インスリン療法の最新情報・勉強会MLスタート。
【勉強会ML】の内容
:●インスリン/炭水化物レシオ「500/1800ルール」等を公開しているアメリカ患者会の情報紹介(個人的には2000年頃から試行錯誤後プログラミングし、テンプレート・ソフト化に構築)

■2006年3月
 ●インスリン/炭水化物レシオを、LADA(1.5型)仕様に置き換えた「カーボカウント」法で大阪市立大が発刊

■2006年12月20日
 ◆国連 糖尿病対策の強化を決議(インスリン発見から85年経過)

■2008年5月20日
 当患者会長崎支部長の森氏が佐賀県にいる岩永幸三氏(特定非営利活動法人・日本IDDMネットワーク副理事長・事務局長、日本難病・疾病団体協議会理事)に特定疾患の認定への協力を求めに行ったが無視され、その後翌年の年度末全財産の数千円を当患者会に振り込み、最後の活動を長崎難病連に委ね、厚生行政や医療、わかちあいの患者会に対し積年の思いを持って・・・同日他界(インスリン発見から87年経過)

■2009年5月8日
 ◆厚労省に対し民主党難病議員連盟(参議院議員会館)から意見聴取
・・・コーディネーター議員:谷 博之議員(民主党参議院・・・最も理解してくれた国会議員)(インスリン発見から88年経過)
 組織は、本来の1型糖尿病患者を救済せず、逆に稀少数の患者を踏み台にして、今後も薬物依存状態にさせる医原性による「殺人病」を享受し、許し続けるつもりなのでしょうか・・・

■2009年7月30日
 厚労省から難病対策委員会への招聘
 特定疾患を求めていた自己分泌能が絶対的廃絶・枯渇に至っている1型糖尿病患者の訴えは『劇症1型糖尿病』と名を変えられ「研究奨励分野」に置き、1年間の疾患概念の確立のため研究班へと回す(インスリン発見から88年経過)

■2010年2月15日
 厚労省から難病対策委員会への招聘 厚生科学審議会疾病対策部会第10回難病対策委員会 金澤一郎委員長(宮内庁長官官房皇室医務主管・日本学術会議会長・国際医療福祉大学大学院教授)と名刺交換
 自己分泌インスリン能が相対的にではなく、絶対的欠乏となった全国で1万人強(厚生労働省・健康局 ・平成18年度第4回 特定疾患対策懇談会発表)のインスリンが唯一の生命維持手段の1型糖尿病患者への特定疾患について委員会終了後 委員長に直訴致しました。

■2010年3月8日
 民主党衆議院議員:三井わきお議員の伊藤秘書に請願
・・・後日厚生労働委員の民主党議員の札幌事務所に請願の機会を設けていただけることとなる

■2010年3月13日
 創価学会婦人部の舟橋さんの尽力で札幌市会議員:芦原進議員(公明党)に請願(スライド・ショーと資料提出)

■2010年3月18日
 民主党衆議院議員:三井わきお議員(伊藤秘書)と、厚生労働委員の山崎まや議員(川原田秘書)に詳細を説明、請願(スライド・ショーと資料提出)

■2010年4月18日
 民主党衆議院議員:山崎まや議員(川原田秘書)に直訴で請願
・・・・・率直に言わせて頂きますが、
議員に、私たちの請願や要望をPCによるスライドショーを見ていただくことで「問題を理解して頂こう」と思ったのですが、
そのスライドの最初に糖尿病の説明を行っていたところ、
議員から
 ,,,,,     ,,,,,,,,,,
「私は専門家」だから「病気の説明はいらない」、
あなた達は「何を求めたいのか」との御発言がありました。

そこで、私たちは議員に言われるがまま
1.早急に「特定疾患(難病指定)を求める」
それもきちんとした1型糖尿病の定義と、自己分泌インスリン能のデータ等に基づいたものとする。
2.「国が認めた(支援する)、患者当事者による「常設キャンプ施設」のご提案」
1型糖尿病に限定したもので、不正と不適切な指導や治療によって、病態が悪化しない手段や方策を、限られた期間で学ぶ「患者当事者による教育施設」の創設
の2点を、求めました。

 本来ならば、最も需要な部分(日本独自の糖尿病に対する不適切な定義)などを説明する必要があったのですが・・・。

 有識者としての医療の専門家や行政等の「間違った解釈」で「1型糖尿病」や「2型糖尿病」等の『定義』を作成している事で、不適切な薬物治療や教育がまかり通り、不正が横行し、その結果厚生労働省および日本糖尿病学会指導の「糖尿病」治療で、
 ◎「糖尿病性腎症による人工透析」
 (世界一の患者数:16,126名[2008})
 ◎「糖尿病性網膜症による失明」
 (世界一の患者数:毎年3,000人以上)
 ◎「足切断などに至るえそ・下肢切断:年間1万人越」
   「動脈硬化や高脂血症等の血管障害」「様々な神経障害」等々

多くの患者数を排出し、日本は世界でも1型糖尿病発症率は最も少ない国の中に含まれているのに「後戻りできない重症合併症患者数」や1型糖尿病死亡率は世界で4位の世界ワースト上位にランクされていることを真摯に知っていただく必要がありました。

 国や医療の不正や無策・定義から、多くの悲惨な患者を排出している「国家犯罪」に関して、「聞く耳を持たない」看護協会や訪問看護事業協会・振興財団等々の常任理事や、大学の教授等をやってきた看護の専門家姿勢が民主党議員で「厚生労働委員」をやっていることに対し、最低のクズを政治家にする姿勢を非常に残念に感じます。

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ご挨拶

iddm.21 本間秀行

Author:iddm.21 本間秀行
ようこそ!
あなたは、
自己分泌インスリン(膵β細胞)能が
絶対的枯渇する
劇症1型糖尿病(Type-1B)
患者と、
患者の
生命維持
の為の治療を
正しく
理解してくれる
良き友人です。

絶対的とは
特定のウィルス

■ [参考]特定のウィルスとは:・・・
 ①コクサッキーBウィルス 
 ②サイトメガロウィルス 
 ③EBウィルス 
 ④ムンプスウィルス 
 ⑤風疹ウィルス 
 ⑥ロタウィルス 
 ⑦ピコルナウィルス 
 ⑧エコーウィルス 
 ⑨Ljungan(ユンガン)ウィルス
 など、


『複数』

ほぼ同時
による発症

であって、

※殆どの
乳児・幼児・小児が感染し、
適切な治療をすれば免疫力のつく 
一般的な
乳幼児感染症とは
異なります。


特定のウィルス検査
膵島移植申請の登録時の、
外注による
(血中ウィルスの)血液検査で、
1型糖尿病であれば、
発症後数十年経っても、
必ず複数の該当ウィルス遺伝子が判明
(その血液で概算的な「感染時」値と「現在値」の目安値が判明)
します。

これらのウィルスが精密検査でも検出されない場合は、
何らかの相対的原因を持って発症した可能性が高い
2型糖尿病であると
断定

できます。


2型糖尿病特有の相対的原因(一部)とは
ストレス、
疾病、
遺伝・各種遺伝子異常も含む
(一例)
高インスリン血症、
MODY,
ミトコンドリア糖尿病[MID]、
その他の糖尿病、

妊娠糖尿病、
肝性糖尿病、
腎性糖尿病
 等、

さり気なく、
何げない
欧米食
に傾いた、
普段の「食」生活習慣によって
抗体を介した発症は、
食事を作る母親の、
栄養についての無理解や
作る料理の
偏った中身、
父親の好き嫌いで偏る
食生活にも「主原因」がある

『母原病』
叉は
『父原病』

とも言えます。
:特に

抗GAD抗体・・・gaba由来
抗IA-2抗体・・・たんぱく由来

が発症原因の場合 
膵β細胞の機能不全をもたらす原因の
各種抗体を抱える
『食』が原因であり、
多い・少ない等の「量」に関わらず、

 「白物」
 「粉物」
 「油物」

その他、

 「偏食」
 「過食」
 「拒食」

 「だらだら食い」
 「一気食い」
 「ながら食い」
 「ご褒美食い」

※糖質の多い

 「健康飲料症候群」
 「ペットボトル症候群」

等々の
『食(飲食)』習慣です。

 白物
:白米、パン、麺類、白砂糖、精製塩、製粉された小麦粉etc.
 粉物
:製粉された小麦粉で作られた各種食材、パン、麺類、菓子類、お好み焼きetc.
 油物
:揚げ物、天麩羅、フライ、スナック菓子、バター、ラード、マヨネーズ、動物肉、マーガリンなどのトランス脂肪酸etc.


肝臓、
腎臓、
膵臓疾患を含む
様々な
疾病や
ストレス、
癌、
怪我、
肥満、
るい痩(激やせ)、
運動不足、
高血圧、
高脂血症、
高コレステロール血症、

糖尿病の経口血糖降下薬や
医療過誤 で用いられる
2型糖尿病患者へのインスリン
外部からの インスリン注射 は、
自らの生体の
「自己分泌インスリン能」を
分泌不全や
機能不全にする
働きのある
「抗体」を作ります。
:=抗インスリン抗体=抗IAA抗体
を含む。
持病に関連する
様々な薬物、
妊娠、
及び 
インフルエンザや
普段の風邪 
親の離婚、
肉親の離別・死別、
犯罪 
友人および
仕事や
パートナーとのトラブル 
等々 
精神的・肉体的な 
様々な
「ストレス」等々・・・が
「トリガー(引き金)」となって 
機能不全の働きを持つ
抗体を抱える
インスリン依存状態2型糖尿病 は発症します。


劇症1型糖尿病とは
・・・上記等の
相対的原因を一切 持たず

劇症とは
短期間
劇症=数日から数週間)で
自己分泌インスリン能が絶対的破壊・枯渇する障碍であり、
一刻の
猶予もなく 
適時適切な診断で
インスリンを
適切量打たなければ
合併症を
抱えずに
数日から数週間で「死亡」します。


※ 合併症を抱えるタイプは、
ほぼ 100% 2型糖尿病 です。


1型糖尿病の
膵β細胞「枯渇」の判定

:自己分泌インスリン能
(高感度 C-ペプチド値「CPR」)が
0.1ng/ml未満
・・・未満はその数値は含みません。
(小数点以下二桁で、限りなく「0.00ng/ml」に近い値が枯渇の定義です。)

1型糖尿病であれば、
同時に、
IRI値
(高感度 血中インスリン濃度)
も測定感度以下の
「枯渇」の数値
になります。


尚、
このIRI値は、
自己分泌インスリンの血中濃度 であり、
外部からインスリン注射を打っていても反応しません。

濃度の高い場合
(正常値や、以下、並み、または それ以上)は、
自己分泌インスリンが
温存・残存している場合は
2型糖尿病特有の
「機能不全・分泌不全」であり、
インスリン抵抗性の
2型糖尿病となります。


なお、
本邦(日本人)の患者の
99%以上を占める(談:河盛隆造)
2型糖尿病
の、
相対的な原因を一つでも持つ 
インスリンを用いる2型糖尿病(Type-1Aを含む)は、
メタボや肥満体型の方は少なく、
概して『普通体型』の方が多く
男女問わず、
幼児・小児発症や
若年発症、
成人発症、
老人発症などの
各世代にも多く、
2型糖尿病の
医原性インスリン依存状態


●インスリン受容性2型糖尿病
 (Type-2s)
●インスリン欠乏性2型糖尿病
 (Type-2d)


のタイプは
Type-1.5 
または 
SP1型糖尿病ともよばれる
が、
不適切な医療過誤によるものであり
2型糖尿病の個々人が持つ 
様々な生活習慣の
原因を取り除く努力をし、
インスリンを止めるように努めなければ、
後戻りのできない様々な合併症から
逃れられない病型となり
悪徳な医者の金儲けの
「道具」
「出汁(ダシ)」や
「餌食」になる
医者の都合の良い病気
となります。

これら2型糖尿病は、
抵抗性となっている
様々な主原因・主病を
改善・取り除くことで、
インスリン注射はもちろんの事 
経口血糖降下剤等からも
離脱出来ます。

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